面白くなければ仕事じゃない


1988年12月23歳の時に父の出資で
奥さんと兄と3人で郊外型1号店をオープン
勝人店長としてサトーカメラ伝説がスタート
私の仕事に対する姿勢って
面白くなければ仕事じゃない
『遊びのように仕事をする』
創業者の父はネクタイしてそれなりに
キチンとしたかったようですが
私は“アメカジショップ“で働きたかったので
見栄えから従来のカメラ店スタイルを壊して
ネクタイを外し靴はNIKEでデニムにスエットで
ショップの店員のようにカジュアルで
温かみのあるスタイルに変えて対応したのだ
オープン3日間以外は3ヶ月も
お客さんが来ない日々が続いた
カメラ業界の先輩からはボロカスですよ
従来のカメラ店の敷居を下げた
ふざけた格好でやっている
だからダメなんだキミはわかってないってね
私から言わせれば
鼻毛が飛び出たオジサンに言われても
お前の方がわかってないと
全く意に介さない男でした😎
24歳の店長佐藤勝人さんは
「そういう状況でも落ち込まないんですか?」と
聞かれますが私のスタンスは変わらず
遊びのように仕事しているので
朝起きたら店でやることを決めて
毎日ワクワクしながら
楽しい事をやっていましたよ
店舗のレイアウトや陳列を考えて
毎日遊びのように棚を弄って
みんなの気持ちが萎えないように
暇だから身体を動かすわけですよ
夜になると疲れて仕事した気になって
店の模様替えだから
スッキリして気持ちもいいしね
毎日暇だから
掃除して店いじりをしてPOPを書いたり
カメラや写真の知識習得したり
忙しくなる前の準備ばかりを
3ヶ月もしていましたね
いよいよ
やばいよなぁという気持ちが芽生えた頃
3ヶ月も準備しているから
自分の中で準備万端の体制に入るわけですよ
そうなると
後は集客だけなんだよね
閉店覚悟で資金投下して
チラシを打って出るわけです
予算も無いからA4サイズの2色チラシ
商品選定から値決めにレイアウトに
キャッチコピーからデザインと
一から自分で決めて作るわけですよ
この3ヶ月間の顧客接点から
接客で掴んだ販売感覚を生かしたら
『売れるチラシ』が出来ちゃったわけさ
1989年3月24歳の春
それは遊びのように仕事をするスタンスが
そのまま表現されたヤンチャなチラシで
毎回商品選定からデザインレイアウトまで
全て自分の頭で考え毎回デザインを変えた
オリジナルチラシを月2回ペースで年24回
10年間で240パターン240回作って
計1億枚以上も打ち続けたら
カメラ業界2万店中2万店目にスタートした店が
『栃木に居ながらこの快挙!北関東甲信越No.1』
カメラ業界売上ベスト10入りしたわけさ
県内カメラ販売シェア80%獲得という
業界初の偉業つきもあり
1999年34歳の時には
当時NHKに出演していた
バリューマーケティング第一人者の師から
『日本一のチラシプロデューサー』と称号頂いた
そうなると単なるカメラ店の成功事例ではなく
チラシ1枚を通してマーチャンダイジングから
会社の羅針盤として普遍的に論理化する事を
勉強していったわけさ
何度も言うけど
遊びのように仕事をするスタンスだから
勉強も遊びのようにするから
血の滲むような努力や
全身全霊で打ち込むことは
私の人生で一度もないわけよ
それは起業家でもない2代目でもない次男坊
No.2的な立ち位置と育ちの良さが
『私の欠点でもあり、味でもあり』
この21年私の大阪の拠点である
経営コンサルティングアソシエーションで
今年最初のおおさか勝人塾です😎
#サトーカメラ
#日本販売促進研究所
#経営コンサルティングアソシエーション
#日本一のチラシはこうつくれ
#チラシで攻めてチラシで勝つ
#売れない時代はチラシで売れ
#同文館出版
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