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社内と社外で態度が変わるのはなぜなのか?

WEBchichi連載
【第10回】佐藤勝人 快刀乱麻を断つ 仕事と人生に役立つ実践的問答 ——「社内と社外で態度が変わるのはなぜなのか?」より

身近な関係こそが人間の器を映す鏡

お客様には親切で丁寧と評判がよい。けれど社内ではなぜか部下に横柄な態度を取ってしまう――。

私は経営の現場で、こうした人を幾度となく見てきた。本人に悪気があるわけではない。むしろ「仕事人」としては有能で、社外では一目置かれている。しかし、社内では摩擦が絶えず人間関係がぎくしゃくする。なぜそんな矛盾が生まれるのだろうか? 自身に置き換えて考えてみた。

3年前のことだが、そういう部下の言動に腹を立てた私は、強い口調で言い返してしまったことがある。その瞬間、彼の表情が固まり、空気が一気に重くなったのをいまでも覚えている。

いまになって振り返ると、自分が社外の顧問先でそのような態度を取ることは決してない。そこでハッと気づかされた。彼らの態度は、結局はトップである私の姿勢がそのまま伝播した結果ではないか、と。私自身が「社内=感情をぶつけてよい場」と思い込んでいた。自らの未熟さを突きつけられ、深く反省した。
私はそこに、人が無意識に引いてしまう「線引き」があるのだと気づいた。

すなわち、お客様に対しては「仕事として丁寧に接する対象」 、社内の部下に対しては「感情を出してよい対象」 。こういう区別を無意識につけてしまっていたのだ。

お客様には「理解しよう」と必死に努力する。要望を聞き取り、気持ちを汲み、相手の立場に立って考える。そこには売上や評価といった成果が直結しているから。

しかし、社内となると態度が変わる。部下に対しては「理解してほしい」という側に回り、「わかってくれて当然」「察してくれ」という甘えが顔を出す。特に近しい関係ほど、自分を甘やかし感情を優先してしまう。

けれど忘れてはならないのは、理解とは本来、一方向の努力ではないということ。理解は相互行為であり、お互いが歩み寄ることでしか成り立たない。 「お客様は理解すべき相手」「部下は理解してくれるべき相手」――この思い込みがある限り、社内の信頼関係は育たないんだなぁと、痛感した。

人間学でよく説かれるのは、「身近な関係こそが人間の器を映す鏡だ」ということ。遠くの人に礼儀正しく振る舞うのは案外たやすい。しかし、家族や職場といった近しい存在に対して、どれほど丁寧に接し、理解する努力を惜しまないか――そこにその人の真の度量が現れる。

器の大きな人とは、社内外を問わず一貫して“理解する努力”を続けられる人間

では、どうすればよいか。私は2つの姿勢で自らを変えた。

第一に、社内にも〝顧客視点〟を持ち込むこと。部下に対しても「理解すべき相手」と捉え直す。彼らがなぜその判断をしたのか、どんな経験からそう考えるのか、耳を傾ける姿勢を持つこと。

第二に、感情を横に置く習慣を持つこと。近しい間柄だからこそ感情が先走りやすい。だからこそ、意識的に「事実を先に見る」。部下の言動を好き嫌いで裁かず、背景にある事実を探る。その冷静さが組織に安心感を広げる。

結局のところ、社外への理解は「成果」に直結し、社内への理解は「持続力」に直結する。両輪がそろって初めて、企業も人間関係も長く走り続けられるのだ。
私はこう考える。 「お客様にだけ丁寧で、部下には横柄」な人は社外では優秀でも、リーダーとしては未熟。本当に器の大きな人とは、社内外を問わず一貫して“理解する努力”を続けられる人間だ、と。

森信三先生は、「真の教育とは、家庭や職場など日常の場における人間関係の鍛錬である」と語っている。安岡正篤先生も「身近を治め得ざる者は遠きを治めること能わず」と教えている。

近い存在にこそ敬意を払い、理解を積み重ねる。その姿勢の延長線上にこそ、人としての成長も、組織としての繁栄もあるのだと。私も猛省中である(汗) Don’t miss it!

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