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答えを教えるのではなく 機会を与えてくれた父

サトーカメラ創業者である
父・佐藤勝男の三度目のお盆です🙏
父はいわゆるインテリでした
大きな屋敷の坊ちゃん育ちで
早くして父母を亡くし

大学を卒業して
MAZDAに勤め
サラリーマンを経験した後
自分で商売を始めました

今でいう
コンビニのような店にも挑戦し
試行錯誤の末に
カメラ店へ行き着いた人です

音楽はクラシック
野球は広島カープ
車はもちろんMAZDA
カメラはPENTAX
テレビはNHK
映画はアメリカ映画

毎晩
算盤を弾き
資金繰り表を書き
万年筆で日記を書く

晩酌は
ウイスキー
煙草は
ハイライト

そんな父でした😎
私が東京で学生をしていた
18歳の夏
父から突然
一枚のハガキが届きました

「家業を助けてほしい」

その一言を受けて
それまでの
親不孝を反省し
私は何の迷いもなく
宇都宮へ帰ってきました

そこから
父と共に歩んだ40年😎
その2年後には
大学を卒業した兄も
東京から帰ってきました

父は私の商才と自由さを
見抜いていたのでしょう

何度も何度も
チャンスを与えてくれました

20歳で新店を立ち上げ
自分の店を持ちました

父は商売のやり方を
ほとんど教えてくれませんでした

「こうやれ」
「ああやれ」ではなく
まずやらせる
失敗させる
そして自分で考えさせる

振り返ってみれば
父から教わった
一番大きなことは
「実体験から学ぶこと」
だったのだと思います

もちろん
最初からわかっていた
わけではありません

うまくいかなければ
環境のせいにしたり
誰かのせいにしたり
外的要因に
原因を求めていました

しかし
どれほど大きな
外的要因があったとしても
外的要因だけで
考えているうちは
自分では何も変えられません

どんな問題でも
突き詰めていけば
「では、自分に何ができるのか」
という内的要因に
たどり着きます

そこで初めて
自分の問題として考え
自分の意思で
変えることができる

その境地に行き着くまで
入社してから5年かかりました

そして5年目
父から
「これからは佐藤兄弟で
事業を拡大していけ」
という指令を受けました

23歳で
店長と販促全般を任され

30歳で
営業全般と販促全般
そして人材育成を担う役員になり

39歳になり兄弟で
代表取締役を任されました

考えてみれば父は
答えを教える人ではなく
機会を与える人でした

若いうちから
責任ある仕事を任せ
成功も失敗も
自分で経験させる

そして
自分の頭で考え
自分で意思決定させる

それが父なりの
経営者哲学だったのでしょう

船井総合研究所の
船井幸雄先生は
「40歳を過ぎてからでは
経営者には向かない
30代までに
経営者としての経験を
積んでいなければならない」

という趣旨のことを
話されていました

今になって
その意味がよくわかります

経営は
知識だけでは身につかない

若いうちから
責任を背負い
意思決定をして
失敗して
修正して
また挑戦する

その実体験の積み重ねが
経営者を育てるのだと思います

18歳で呼び戻され
20歳で新店を立ち上げ
23歳で店長と販促全般
30歳で営業全般と販促全般と人材育成
39歳で代表取締役

当時は
ただ目の前の仕事に
夢中でした

でも
振り返ってみれば
全部
父が与えてくれた
成長の機会でした

父から
教わったことより

父に
「やらせてもらったこと」の方が
はるかに多い

そして今
私自身が人を育てる立場になって
答えを教えることより
考える機会を与えること

失敗させないことより
失敗から学ばせること

その大切さが
よくわかるようになりました

知らず知らずのうちに
父から受け継いでいたのでしょうね

それらすべての経験が
今の私をつくっています

親父
ありがとう🙏

#サトーカメラ株式会社
#創業者
#佐藤勝男

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